(2018年2月4日追記)
どーも!人事部ぐーがーと申します。
私は新卒で入社予定であった会社がブラック企業だったため、入社前の3月に辞退しています。
そのため、自己責任ですが既卒としての就活を余儀無くされてしまいました。
でも、今振り返ってもあの決断は非常に良かったと思っています。
既卒で就活した結果、運良くそれなりの企業に入ることも出来ましたし何より辞退した会社はかなりのブラック企業でしたから・・・
(まあ世の中にはよりレベルの高いブラック企業が存在しているようですが・・・)
自分への戒め、そして誰かの教訓となるために私のブラック企業との出会いから内定辞退まで、私が就活を失敗していく軌跡を振り返っていきたいと思います。
私のしくじり、そして立ち直りが誰かの役に立てば良いなと思っています。
【就活失敗への軌跡①】ブラック企業との出会い編
私のお花畑な就活
私が就活をしていた頃(2013年頃)には「好きなことをして生きていく」という言葉はありませんでした。
ですが、私は
「好きなことを仕事にしたい」
「将来は好きな仲間と一緒に仕事をしたい」
等と漠然と考えていました。
そして、それらの考えをもとに私が就職先として考えたのはIT、なかでもベンチャー企業と呼ばれる企業でした。
私はマーチ系の大学のメディア系学部に所属し、映像を制作するゼミに所属しており、その映像をITに活かしたいと考えました。
(もともとは映像関係の企業を志望していましたが、とてつもなくハードな業界だと聞いて諦めていました。)
また、私は自分で起業をしてみたいという考えを持っていました。
早い段階で起業するためにベンチャー企業に入り経営などのノウハウを学んでいこうとしたのです。
私の思考のプロセスを見ると意外とまともに見えるかもしれません。
確かに私は自分のしたいことを漠然と想像することは出来ていました。
ですが、社会の厳しさを全く予想出来ていませんでした。
思えばもっと労働環境のことなどを加味して、自分がどのように働いて行きたいのか、考えるべきでしたがそこをあまり深く考えなかった。
よく映画などで目にするようなブラック企業は確かに存在するだろうが自分がそのような企業に入る訳がないとなんとなく思っていたんだと思います。
誤解を招いてしまうかもしれないため補足しますがIT系ベンチャー企業全てがブラック企業という訳ではもちろんありません。
私は自分のエントリーした企業を労働環境を意識した目線で見なかった。
その欠けた思考が問題なのです。
本当に甘い考えでした。
私は非常に浅はかな就活をしていたと思います。
そして、私は自分が「いいなー」と思った先進的っぽいIT系のベンチャー企業にエントリーをしていくのです。
- もっと様々な面を考慮した確固たる就活の軸を築き上げるべきだった
- 早いうちから焦点を絞らず、様々な業界を見てみるべきだった
カリスマエリート人事との出会い
就活を進めていく中で、その出会いは訪れました。
カリスマエリート人事「シモさん」との出会いは私がその後内定するブラック企業の説明会でした。
当時、ブラック企業は伸び盛りで主力のゲーム事業を筆頭に様々なコンテンツに触手を伸ばしていました。
確かブラック企業のメインコンテンツはアプリの中でも世界で上位に位置するような売上を記録していたと思います。
私も
「あの企業なら色々な事業にチャレンジ出来て楽しそう」
「オフィスもきれいだし、社内制度も充実しているなー」
などと漠然と考えてエントリーしていました。
その説明会で進行役をしていたのがシモさんでした。
シモさんは
「誰もが認める超一流大学」
「世界的な企業の社員」
「独立」
と華々しいキャリアを積んできた人でした。
いわゆる超ハイスペック人間ってやつですねはい。
まあ、実際半ば騙されてブラック企業に入ってしまったような所もありますが、今でもシモさんのことは尊敬しています。
独立した企業をブラック企業に売却、当時25歳という非常に若い年齢にも関わらず人事部長として君臨していました。
恐らく人事の仕事はシモさんにとって全くの初の仕事だったと思うのですが、スーパーエリートのシモさんにとってその仕事は造作も無いことでした。
シモさんの会社説明は今思い返しても私が聞いた説明の中で一番魅力的なものでした。
「我が社は非常に風通しの良い社風」
「無いんだったら自分で作ればいいんだ」
「誰もがリーダーシップを持ち若いうちから裁量権を持って働くことが出来る」
そのようなことを述べられここなら自分が急成長しながら学ぶことが出来るのではないか、と思いました。
まあ言ってたことはあながち間違いでは無かったんですけどね・・・
ベクトルが全く違っていただけで。
あの企業は「とんでもないブラック企業」でしたがシモさんの説明を聞くとさながら「楽園」のように感じられました。
きっと楽園と騙されて様々な国に移って行った移民の方々と私は規模は違えど同じような状況だったんだと思います。
一次面接もシモさんが担当でしたが一時間という割と長い面接時間の中でシモさんと 一対一でやりとりをしていくうちに私はシモさんの完全なファンとなっていました。
尊敬するシモさんと一緒に働きたいと当時の私は思い、ブラック企業の志望度はどんどん高まっていきました。
今になって感じることなんですが、人事の方は結局人事の方なんですよね。
何を言いたいかというと人事の方と一緒に仕事をするわけじゃないっていうことです。
シモさんは確かに会社での仕事内容を説明してくれましたが、それは実際にシモさんがやっている仕事ではありません。
当時は「シモさん=ものすごい人=この会社、マジですげぇ」みたいに思っていましたがたかだか会社の一人の人間を見ただけでその会社を良い会社だと思うのは間違いだと思いますね。
こうして私の就活は少しずつ失敗へと向かっていくことになるのです。
- OB訪問や社内見学等、もっと積極的に企業を知る行為をするべきであった
- 人事の人を盲目的に信用すべきではなかった。(人事目線からすると就活生に尊敬されたらそんなに嬉しいことはないですがね・・・)
【就活失敗への軌跡②】社長との邂逅、内々定ブルー編
最終面接、ワンマン社長の登場
非常に良い印象で進んでいった面接。
しかし、それは最終面接で崩れることになります。
社長との最終面接はそれまでの面接とは全く違いました。
足を組んだりして少し横柄な態度でしたし、何より質問の返しが全く適切でなかった。
私の質問に対する解答というよりは私の解答を聞いて自分の考えや意見を淡々と述べるだけ。
私の話に対するフィードバックはほとんど無いと言っても過言ではなかったでしょう。
正直、超エリート社員シモさんとの面接と温度差が非常にあり、急に企業に対するマイナスなイメージが広がって行きました。
実際、ここで辞退をして、自ら手を引くのがベストだったのでしょう。
ですが、私は諦められなかった。
いつ、掴めるかわからない内定に手が届いているという事実、そしてこの会社にはシモさんがいるという事実が私をこの会社の選考から話さなかったのです。
今振り返ってみれば何とでも言えるのですが、まず「どんな会社でも内定すればいいのかよ」って話ですよね。
日本企業も転職あり気にはなっていますが、下手すれば何十年も働く可能性のある会社を就活の中で自分自身が選んでいるのです。
いくら内定をもらったとしてもそれがネガティブな印象を抱えている会社であったのならば、あまりそこで長く働くことは出来ないのではないでしょうか。
今、内定を得かけている就活生達も「内定」という言葉の重みに潰されないで、「自分が本当にその会社で働けるかどうか」真剣に考えてほしいと思っています。
また、社長とは当たり前ですが会社の「代表」です。
そして社長の影響力は基本的に大きいです。
特に私が受けていたその企業は社長自らが創業した企業。
その影響力は絶大です。
そんな社長があまりよろしく無い人だとすれば・・・
社員にどのような影響を及ぼすかは明確でしょう。
更に、社員が辞める可能性はあっても経営者が辞める可能性はほとんどありません。
つまり、シモさんが辞める可能性は往々にしてありますが、社長が辞める可能性はほぼ無いのです。
いくら、シモさんを尊敬していたとしてもそこはシモさんの会社ではない。
シモさんを追って会社に入社したとしてもシモさんの下でずっと仕事が出来る可能性は低いのです。
そもそも志望している職種も違いますしね。
しかし、当時は目の前に迫り来る「内定」という二文字とシモさんという尊敬できる人間の存在に私の心は惑わされ続けていました。
そして、そんな中私は企業のネガティブな情報を更に目にすることになるのです。
就活失敗ポイント③
- 目先のことだけでなく、長期的な目線で「内定」を考えるべきだった。
- 社長>人事部長!会社は経営者が動かすものということを意識すべきだった。
企業クチコミサイトを見て更にブルーに
恐らくご存知の方が多いとは思いますが、「転職会議」などのサイトでは実際に会社に勤めていた(あるいは勤めている)と思われる方々のその会社に対する様々な評価が書き込まれています。
匿名性の為、リテラシーを持って閲覧していく必要はありますが、企業の内情を少しでも知ることの出来る貴重なサイトだと思います。
私が使っていたサイトのリンクを下記に記載しますので、就活中で企業の内情を少しでも確認したいと思っている方は活用して見てください。
※こちらのサイトに関しては後日また活用法をお伝えしようと思います。
改めて記載しますが100%全てが真実ではない可能性もあるため閲覧の際はくれぐれもご注意ください。
当時の私にはしっかりとしたリテラシーが備わっていなかった為、結果的に大いに書き込みに惑わされることになってしまいました。
企業口コミサイトでその会社を検索しているとことごとくネガティブな情報が記載されていたのです。
社長に対するネガティブな書き込みや労働環境の劣悪さなどネガティブな情報は多岐に渡りそれが私を更に不安に陥らせました。
そのような不安を抱いている中、私のスマホに一本の電話が入ってくるのです。
人事部長(シモさん)との会食
その電話はシモさんからのものでした。
シモさんからは「内定」の通知、そして内定前に2人で食事に行かないかという誘いをその電話で受けました。
私はその食事の誘いを受け、そこで様々な事を質問して納得してから内定するかどうかを決めることにしました。
そして、食事会当日、私はシモさんに対して会社に対する不安を包み隠さず全て伝えました。
そうするとシモさんは私が出した質問に全て真摯に解答をしてくれました。
シモさんからの解答は私が知った情報とは異なり、非常に良い話ばかりでした。
久々に話すシモさんはやはり尊敬できる人でそこで私は結局内定を決めてしまう訳ですが・・・
まあ実際ネットで得た情報の方が正しかったんですよね。
正確に言うと、私自身はネットの情報を正しいと感じたというところでしょうか。
シモさん自体も嘘はついていなかったんだと思います。
ただ、私とは大いに環境が違った。
シモさんは通常の新卒や中途で入った訳ではなくその企業に自分の事業を売却した人間。
元々の会社に入った経緯が私とは異なります。
しかも、後々わかったことですが社長とシモさんは古くからの友人だったようですし、
シモさんが社長に悪いイメージを全く抱いていないように見えました。
対してネットの情報を書き込んでいるのは私と同じ新卒、もしくは中途で入った人間。
社長や会社に対するイメージは私と同様の目線で書かれています。
嘘や誹謗中傷があった可能性もありますが同様の書き込みが多数見られましたしその信憑性はかなり高かったと思います。
実際、私が目の当たりにした会社の環境は正にネットの情報通りでしたしね。
私と同様の立場の方でも実際にあの会社で働き続けられる方もいると思います。
ですが、そういった方は少数派で大多数はネットの書き込み同様、過酷な労働環境や社長のワンマンについていけないでしょう。
そして私もその多数派の1人だったのです。
ですが、私はそこで内定を決めてしまいました。
先の見えない就活に疲れ内定を欲していましたし、シモさんの話を聞き会社の実態を理解したつもりでいましたから。
しかし、もちろんそれは大きな間違いだったのです。
就活失敗ポイント④
- 何が真実なのか、見極めるためのリテラシーをもう少し身につけておくべきだった。
- 自分と同じ考えを持たない人もいるということを念頭に置くべきだった。
【就活失敗への軌跡③】インターンに初日に部長が救急車で運ばれたったwwww編
豪華な内定者懇親会、そして個性的な仲間たち
不安の残った面接とは裏腹に、内定者懇親会は非常に豪華なものでした。
懇親会は複数回開催され、社内で思考力を競うゲームを行ったり、ホテルでの会食等かなりのもてなしを受けました。
私の中で不安材料となっていた社長が全く姿を見せず、シモさん主体で会が行われたからか非常に楽しく知的な懇親会となっていました。
本当にこの会社の社長がシモさんであれば・・・と今でも思ってしまいますね。
この豪華な懇親会の実情は内定の繋ぎ止めでしょう。
基本的に内定者懇親会には内定の繋ぎ止めが含まれることが多いです。
ブラック企業においては更に内定者に対して企業のイメージアップを行える格好の場であると思います。
まず、懇親会で繋ぎ止め及び、イメージアップを行える理由の一つとして単純に「餌で釣る」というところが挙げられるでしょう。
豪華な食事や楽しい雰囲気を用意して会社の印象を良くしていくのです。
旗から見ると「そんなことで釣られるか」と思ってしまう人も多いと思いますがこれが意外と釣られてしまうんですね。
(私が単純で釣られてしまっただけかもしれませんが・・・)
会社に既に不安を覚えていた私は「悪い会社ではない!」という証拠が欲しかったんです。
そして、こういった餌を証拠として気を紛らわせていたのだと今では思います。
本当にもっと「就活について本気出して考えてみる」べきだったと思いますね。
またもう一つ、内定者同士の親睦を図ることで簡単にその輪から抜け出せにくくするというところもあるでしょう。
要は「友達が出来ちゃえば中々辞めるって言いにくいよね?」ということです。
ただ、このに会社に関して言えば私はあまりそれを感じられませんでした。
何故ならかなり個性的な面々が集っていたから・・・
(自分はどうなのだという所はとりあえず目を瞑らせてください・・・)
特に多留年を強く推す企業で、一流大学出身で2~3年留年している内定者が複数いました。
これはおそらく企業の戦略で一流企業に入ることの出来ない高学歴者を獲得しようということなのでしょう。
多留となるとやはり採用受けが悪く、それだけで企業から落とされてしまうことも多いですから。
しかし、そういった人たちであっても一流大学出身という事実は変わりません。
面接には通りにくいが優秀である、そういった人たちを採用しようとしたのでしょう。
確かにその人達はとてつもなく優秀でしたが、同時にとてつもなく個性的でもありました。
そのためコミュニケーションは取れていたが、おそらくそこまで仲良くはなれないんじゃないか、とは思っていました。
ただ、この頃私自身には会社に対しての否定的な感情はあまり無く、寧ろ「これからこの会社で頑張るぞ!」という気持ちが強かったんですね。
(そう思い込もうとしていただけかもしれませんが)
そして、私は地獄のインターンへと歩みを進めていくのです。
就活失敗ポイント⑤
- 目先の餌に釣られずにもっと本質に目を向けて就活について考えるべきだった
地獄のインターンへの誘い
夏休みも終わりに差し掛かった頃、私に長期インターンの話が持ち上がります。
このブラック会社では長期の有給インターンを行っており、社員に混ざり多くの学生達が活躍していました。(いや、正確に言えば・・・・)
私は内定者かつ、会社近郊に住んでいるということもあり、「入社前にインターンをしてみないか」と提案されたのです。
「会社の内情を見てみたい」
「実務に携わってみたい」
と思っていた私はこれを快諾。賃金面等の契約に臨むのでした。
驚愕の賃金条件!だがしかし・・・・
インターンとしてブラック会社に入る前に賃金面等の条件が通知され、それに基づいて契約を行うこととなりました。
条件:最低週3日以上(月換算約100時間) 月給:5万円(※能力に基づいて昇給あり)
おいおいおい。これはどういうことなんだ。
おそらく日本全国何処の最低賃金よりも低い金額がそこには提示されていました。
ってか能力に基づく昇給って普通のアルバイトのほうがもらってるんだがwwww
なんか捉え方によっては相当能力下に見られてませんかねぇ・・・
もちろん、最低日数以上働いたからといって金額が上がるわけでも割増賃金が支払われるわけでもありません。
「アルバイトじゃなくてインターンだからそういうの出ないよね」
ということなんでしょうが、そんな道理は当たり前だが通用しませんよね。
世の中にはこのブラック企業が行っているような「ブラックバイト」ならぬ「ブラックインターン」が少なからず存在していると思います。
もちろん、全てのインターンを否定している訳ではありません。
学生に良い労働と成長の機会をもたらしてくれるインターンもあるので、そういったものには是非参加すべきだと思います。
ソフトバンクの有給インターンなんてお金ももらえるし、選考にも直結しているから是非受けてみたらいいのではないかと思いますよ。
ただ、世の中には「インターン」という聞こえの良い言葉を隠れ蓑にして、低賃金(酷いところだと無賃金)で学生をこき使い倒すような企業があるということも忘れないでほしいです。
インターンという言葉を盲目的に信用してはいけない。
当時の私は「インターンだから給料がもらえるだけまだいい」と見事に勘違いをして契約を結んでしまいました。
頑張れば時給が貰えるアルバイトになれるんだってさ。
意味分からんわ。
確かに私は愚かな行為をしているが、これは結果的にある意味「僥倖」というものだったかもしれません。
ブラック会社を知り、ブラック会社から離れる良い機会となったのだから。
就活失敗ポイント⑥
- インターンという聞こえの良い言葉に踊らされるべきではなかった
(ただし今回の場合は逆にインターンに行って良かったが)
インターン初日に部長が救急車で運ばれたったwwww
さあそしていよいよインターン初日。
今日のその時が訪れます。
私の疑似社会人{疑似社畜(疑似奴隷)}生活が始まりました。
通り一遍等のオリエンテーションを受け、初日は社内の資料などに目を通し、ひたすら座学を行っていました。
そこでふっと横を見ると部長が担架で運ばれていた。
ふっと横を見たら部長が担架で運ばれていた。
大事なことなので三度目になりますが横を見たら部長が担架で運ばれていたんですねwwwwww
急病で会社から救急車で運ばれる人はいないことはないでしょうが、インターン初日に部長が救急車で運ばれるのを見るのはかなりのインパクトでした。
しかも翌日、驚くべきことに部長は会社に出社していたのでし。
部長(ゲッソリ)「過労で倒れちゃったよ~」
部長、悪いこと言わないから過労で前日ぶっ倒れたなら是非休んでくれ、と私は思わざるを得ませんでした。
翌日、なぜ部長が会社に来たのか、どうしても休めない理由があったのか、私には分かりませんでしたが私の心の中に深い傷を与えたことは避けようのない事実でした。
【就活失敗への軌跡④】地獄のランチ会、時給2~300円のインターン編
インターン実務開始!社長からの先制ジャブ
部長が倒れた事件から数日後、私の入社前インターンは始まりました。
私はアプリ関係の企画職(アプリ自体の製作やアプリ内イベントを企画する部署)として内定していたため、そのブラック企業の既存ゲームアプリのイベント企画の担当を行うことになりました。
そのゲームアプリの部署は私を含め4人で構成されていました。
- ロン毛おっさん 正社員企画職 リーダー、ロン毛、ちょっとダーティー 30台半ばくらい
- ロン毛おっさんの弟子 契約社員企画職 大木凡人みたいな顔の女性 20台半ば
- ガッツ 派遣社員SE 爽やかなイケメン 30台前半
最初のうちは本当に和やかに仕事が出来ていました。
最初のうちは。
まずは、ロン毛おっさんの指示の下ゲームアプリの企画に取り掛かっていきました。
SE、デザイナーのと協力してイベントを作っていき、自分のイベントを世に出すことが出来たときは本当に達成感で満ち溢れていたを覚えています。
ただ、この時既にインターンの仕事は週5日プラスちょっとの残業をしている状態となっており5万円の固定報酬が時給換算するとどんどん薄まっていくのをひしひしと感じていました。
達成感だけでご飯を食べていくことは出来ないということをもっと早く認識すべきでしたね・・・
そんな最中、突然社長は私達の部署にやってきました。
社長は社長室にいることがあまりなく、また自分が関わっているゲームアプリチームもあったため執務室内にいることが多く、様々な部署を見回ることもありました。
そして、私達の部署に来た時に、社長は開口一番こう言い放ちました。
「こいつ使えますか。」
この発言を耳にしたとき、私は社長の人間性を少し疑いました。
今後社員になる予定の人間ではありますが、普通であれば「こいつ、使えますか」なんて発言は非常識だと私は考えます。
流石にその当時の私はその発言に食って掛かることは出来ませんでしたが、心の中では会社に対する不安が更に深まりました。
福利厚生ランチ会が地獄のランチ会になったった
その会社では一応様々な福利厚生がありました。
例えば軽食、ドリンク補助。
これは会社で購入している食べ物(インスタント類等)や飲み物を無料で飲食出来るというもの。
まあ、実際100円くらいのラーメンや缶詰等しかなく、子供だましに過ぎなかったと思います。
そんなことで喜んでいた当時の自分が恥ずかしいですね。
一応、会社ではそういった社員のための福利厚生が各種そろっていました。
その中であったのが、会社が少し補助を出した上でランダムグループでランチをするという制度でした。
これは非常に良い制度だと思いました。
部署の垣根を超えてコミュニケーションを取れるので社員間の親睦を深める非常に良いきっかけとなっていました。(まあ、社長のコミュ力があんな感じでしたが・・・)
私が参加した時のランチでは社長直結の部署に配属されている方もおり、その方からの話は中々衝撃的なものでした。
「うちの部署半年以上生き残ってるの俺だけでほかはみんな辞めてるんだよねー」
いやー心にぐっとくることを言ってくれますね。(マジキチスマイル)
こんなことまで教えてくれるとはランチ会恐るべし。
それまで楽しい一時を過ごしていたのに一気に地獄に突き落とされたような気分でした。
しかし一体何をどうしたらそんなに人が辞めていくんでしょうね。
社長は残業しない人が大嫌いでしたので恐らくその部署では過酷な労働が繰り広げられていたのでしょう。
残業をしないで悪口を言われていた人が結構いたみたいですしね・・・恐ろしや
ちなみにこの会社、固定残業代を支給している代わりに残業代、深夜残業代は一切発生しません。
みなし時間以上働いたとしてもそれ以上の残業代の支給は無しなので超鬼畜ですね。
確実に労基法アウトですが普通にこんなんがまかり通ってました。
この頃から私の中での社長への不信感はMAXとなり、出来る限り社長と接触しないようにして過ごしたいと考えるようになりました。
でもそんなこと出来る訳がないのです。
何故ならここは社長の会社なのですから・・・
気がついたら僕は時給2~300円の戦士となっていた
入ってみて分かりましたが、ブラック企業は慢性的な超人手不足でした。
そのため、各チームが少人数で動くことを余儀なくされ、私のチームも例に漏れずそのような状態でした。
ブラック企業では人は(上手く騙すことによって)入ってきましたが、同時にかなりの人数が抜けていました。
ひどい時だと毎週送別会というような状況もあったそうな・・・・
ブラック企業では社員だけではなく、インターン生も即戦力として扱われます。
むしろインターン生の方が使い勝手がいいんですね。
低賃金(5万円)で雇うことが出来ますし、それなりに意識高い系の能力のある大学生たちを集めることが出来ます。
(無給のインターンも山ほどあるので有給なだけでも魅力的になっちゃうんですよね)
そのようにして集められたインターン生たちが奴隷のように働かされていました。
私も内定者インターンとして同様に馬車馬のごとく働いていました。
その結果、平日は10:00~23:00くらいまで、休日も出る時は出て働き、それでも5万円しか支給されないため時給換算すると200円ほどの給料しか貰っていない計算となってしまいました。
これはおかしいと思いロン毛おっさんにも相談しましたが「自分も若い時はそうだった」とか意味の分からない話をされ、全く話になりません。
確かにロン毛おっさんもそういう働き方をしていたのかもしれませんが、あなたの苦労
話を聞きたい訳ではなく、現状自分が抱えている問題を解決してほしかったんですよね。
ロン毛おっさん自身もそうだったからお前もそれで納得しろというのはおかしな話です。
ただ、自分は内定者という身分ということもあり正社員になれば新卒レベルの給与をもらえるということはわかっていたため、この時点ではまだ不安がありながらも我慢することが出来ていました。
しかし、その後更なる事件が私を絶望へと誘うのです。
【就活失敗への軌跡⑤】月給5万円のリーダー誕生編
メンター、ロン毛おっさんの怪しい動き
私が仕事に少しずつ慣れてきた頃・・・
(ブラック企業に慣れているとは言っていない。)
ロン毛おっさんと大木ボンドガールは何やら怪しい動きをしていました。
彼ら二人は中途社員。(というか出来て数年の会社なので中途ばっかりでしたが)
どうやら、二人は新しいゲームアプリを制作したいという志を持ってこの会社に入社してきたようでした。
ロン毛おっさんと大木ボンドガールは以前からの師弟関係にあったようで大木ボンドガールはロン毛おっさんの紹介でこの会社に入社したそうな。
ロン毛おっさんと大木ボンドガールが新規事業の立ち上げに取り組んでいる一方で、当然ながら仕事のしわ寄せが私に起こり、残業が増えていました。
ただ、残業は増えていても「インターン」という肩書のため給与は5万。
残業代の支給はなんとありませんでした。
当時の自分には「この会社に入らなければいけない」という一種の思念みたいなものがあり不満ではありましたが、この時点で内定辞退するには至りませんでした。
当時は卒業1ヶ月前の2月。
今更辞めても就職先を3月までに見つけ出すことが出来るのだろうか。
そんな不安が自分をがんじがらめにしていたのも事実です。
ロン毛おっさんと大木ボンドガールは徐々に新規事業の資料を完成させていく。
新規事業の立ち上げに成功すればロン毛おっさんと大木ボンドガールは自分達のグループからいなくなるわけですが、当時はそこに不安はありませんでした。
まず、新規事業の立ち上げの成功確率が低いこと。
このブラック企業の変人社長はゲームの知識がないのに会議で難癖をつけ、ゲームをガンツスーツのようにオシャカにすることで有名。
的確なアドバイスであれば良いのですが、そのアドバイスによって好転したゲームは1つもない。
その結果地獄のランチ会で聞いたように「思ったことが出来ない」、「社長の横暴に耐えられない」と大量の離職者(特に社長直結の部署から)が生まれている状況でした。
もちろん新規事業をホイホイ採用する経営者なんていないでしょうし、慎重になるのはしょうがないことですが、このブラック企業の社長のそれは度を超えていました。
なので、私はロン毛おっさんと大木ボンドガールがグループを結局離れられないんじゃないかと心の中では思っていたのです。
また、綾波レイしかり「この人達が異動しても変わりはいるもの」とも感じていました。
(実際、代わりがいくらでもいたのは私の方でしたが)
リーダーが抜けてリーダーが不在になるグループなんてないでしょう。
私は未だ数ヶ月しか経験のないしかも「インターン」、もういくつ寝ても「新入社員」です。
そんな人間にリーダーが務まる訳がない、と思っていました。
ある意味楽観視していたんですね。
しかし、状況は標題の方向へと、どんどん悪い方向へと向かっていくのです。
おっさん、ガールの離脱決定、月給5万のリーダーの誕生
あるときグループ全員(おっさん、ガール含めて5人)が集められて「新規事業の立ち上げの決定」及びそれに伴う2人の離脱が伝えらました。
そしてその後のロン毛おっさんの一言は私にとってかなり衝撃的なものでした。
おっさん「ということで後は君がリーダーだから。頑張ってね。」
通常、入社前の人間がリーダーになる、なんてことはありえないことですがこの会社では成長という名の盾のもと責任のある事業をインターンに任せるということもあるようでした。
まあ、成長と名を打ってはいるが実際は人手が足りないことによる体のいい押し付けですよね。
人件費も月5万で済むし、壊れても意識の高い学生はいくらでもやってくるのでまさに「代わりはいるもの」状態。
私もロン毛おっさんや大木ボンドガールにとって都合のいい存在だったんでしょう。
話を聞けば後任としてやってくる人もいないみたいで・・・
そうなると企画職としてこのグループにいるのはたった数ヶ月ちょろっと勤務した自分のみ。
メインの業務を特段行ってきたわけでもない自分にリーダーという大役が務まるとは思わなかったし、そもそも入社すれば給与は上がるとは言え月給5万円で責任のあるリーダーという立場をやりたいなんて思うわけはありません。
社長は以前、
「うちの会社にはお金をほしいと思う人には来てほしくない。成長したい人なら大歓迎だ。」
といっていましたが、月給5万円の人間がそれ以上の金額を望むことの何がおかしいのでしょうか。
自分自身の境遇はもちろん、客観的な認識として「入社前の月給5万固定の人間に大役を任せる」という会社としての判断、その常識の無さに辟易としました。
腹の中は不満と不安で渦巻いていたがいくらここでゴネようとも自分が1人取り残されリーダーになることは確定していたので、
私「お・・・・おk」
と力なく返事をする他ありませんでした。
素人リーダー見習いの大炎上
当初、ロン毛おっさんから振られていた仕事は実務のみでしたが、徐々に引き継ぎという名目でリーダーとしての仕事も振られるようになりました。
その中でも私が一番辛かったのは各グループリーダーが集まる週1のリーダー報告会です。
この会は各グループを統括する部長も出席する非常に大きなもの。
色々とこちらもデータをまとめて報告をしていく訳ですが本当に大炎上、燃え上がりましたw
そもそもこの道のプロのリーダー達が集まる会議の中に私が1人で混ざる訳で経験の差、実力の差を埋めることは出来ませんでした。
そのため、報告も周りの方が聞くと薄い仕上がりになっていて、それを統括部長に責められることも多々ありました。
肝心の元リーダーロン毛おっさんは何をしていたかというと新規事業の準備に忙しく、こちらの引き継ぎは全くできていない状況でした。
なので、分からないことがあって聞いても相手にされない。
そのくせリーダーという名目のせいで様々な課題がこちらにふっかけられ、労働時間も増えて、勉強をする時間もなく、月給5万円でと完全にメダパニ状態でした。
【就活失敗への軌跡⑥】内定辞退、そして・・・
疲労困憊月給5万戦士が社内じゃなくて社外に相談してみた
その後の私は疲労困憊で仕事を続けていました。
特に2月は最低の月でしたね。
働けど働けど仕事は終わらず、終電で帰ることもしばしば。
そしてそんな努力をしても行き着く先は月給5万円。
全く報われない。
私は結構楽観的なタイプで嫌なこともすぐに忘れるんですが、そうはいっても流石にこの状況は厳しかったですね。
社内でも周りにいた方には悩みを相談していましたが、
A「俺もそうだったから大丈夫だよ」←今も同じ状況だろうし、お前がどうかは聞いてない
B「俺なんて5万よりももっと安く働いていたから云々」←そうかもしれないけど、お前がどうかは聞いてない。この状況が客観的におかしいかどうかを聞いているのに・・・
等々、あまり参考にならない解答しか得られませんでした。
まあ、今すぐ辞めろよとも言えなかったと思いますが・・・
疲れ果てた私は「どうせ5万なら休んでもいいか」と体調不良を理由に会社を休み、先輩、友人、両親、大学の講師、果てにはバイト先の社員にまで自分の境遇を相談しました。
外部の方に相談すると多くの人が口を揃えて「そんなありえない会社あるの?」と解答されました。
特に父親からの解答は自営業のためか労基法を絡めながら的確にブラック企業のおかしさを説明してくれました。
もちろん前からこの会社はおかしいと思っていましたが、父親の説明や周りの話により納得することが出来ました。
そして、そういった話を聞いて私は「この会社を離れよう」とようやく決意をしたのです。
今までは逃げ出すことへの不安が大きかったですが、ようやく逃げることの正しさに気づくことが出来たのです。
もちろんそうはいっても時は既に3月に差し掛かり、そこからまた就活をしなければいけない、という恐怖もありました。
だが、自分の中でそれ以上に「このブラック企業を辞めたい」という気持ちが強くなっていました。
というか目を背けていた分、辞めるという選択肢に向き合った瞬間からその気持ちが溢れ出てしまっていたのかもしれません。
決断したその日のうちに内定辞退メールをしたため、送信しました。
自分のしていた仕事を投げ出すという恐怖もありましたが、
「私が死んでも変わりはいるもの」
私じゃない使い捨ての誰かがきっとやってくれるだろう。
そう思うことにして会社でのその先のことには目をつぶることにしました。
私の内定辞退の決断は非常に遅かったと思います。
1つの会社に固執しすぎていた。
そして、就活に対して臆病になりすぎていた。
「辞めたい、辞めたい」とは思っていましたが節々にあったちょっとした良いことを肴にして「この会社は良い会社、悪いのは今だけ」と思い込むようにしてしまっていた。
結果的に私は就職浪人をすることになりますが、もっと早く辞退を決めていればその新しい就職先を決めてその年から働けていたかもしれないですよね。
今になって色々と考えることはありますが、あのブラック企業に入社してしまった未来に比べたら悪いことなんてないと思います。
自分の人生は一度きり。
その中で最低な日々を過ごしている暇はありません。
自分にとっては「あの会社に残る」ことより「無職になっても会社を去る」ことの方が明るい未来だったのです。
意外とあっさりだった内定辞退
内定辞退後、すぐに体調不良(正確に言えばノロウイルス)になり寝込むことに。
身体は正直なのか、一週間余り寝込むこととなりました。
そのままフェードアウトして会社を去りたかったのですが、契約書とかの関係で会社に赴かなければ行けなくなってしまいました。
正直行きたくなかったですが、「これが最後」と決め込んで割りと気を張ってブラック企業に赴くことにしました。
ブラック企業に赴くとすぐに会議室に通され、ロン毛おっさん達に会うことはありませんでした。(ここは正直ホッとした)
そして手続きを行い、最後にシモさん(超エリート人事)と話すこととなりました。
自分はシモさんに対して自分の身に起きたことを洗いざらい全て話しました。
するとシモさんは
「君になら出来ると思っていたんだ」
と言ったのです。それだけはハッキリと覚えています。
私は正直、「何を出来ると思っていたんだろう」と思いました。
押し付けられた仕事をさばくことか、理不尽な仕打ちに耐えることか、それとも5万円で長時間労働することでしょうか。
たくさん働いて成長してねということもあったのでしょうが、私は煮え湯を飲んでまで働きたくはありませんでした。
そんなことでしか成長できないなら、成長なんてしなくていいから楽しく暮らせる日々を送りたいと思いました。
もしかするとシモさんとは根本で考え方がズレていたのかもしれませんね。
内定辞退はあっさりと終わりました。
水とかかけられたり怒声を浴びたりするのではないかと心配していましたが、この企業では誰かの退職が毎週のようにあったためかかなりあっさりとした内定辞退であったと思います。
こうして私は晴れてブラック企業を内定辞退し、ほぼフリーターの状態となったのです。
時既に遅し、就職浪人の誕生
内定辞退した翌日は悲しいことに大学の卒業式でした。
卒業式は・・・・気まずかったなぁ・・・。
まあこのネタはネタで長くなりそうなので別の機会にでも書こうと思います。
新年度まで残り数日しかない期間での就活は成功するわけがなく、そのまま就職浪人となってしまいました。
幸い、もともとバイトをしていた塾では主任という位置まで頑張っていたので継続して働かせてもらえることとなり、フリーター塾講師として働きながら就活を行うこととなりました。(クッソ微妙な肩書だな・・・)
仲間内では「俺は戦うフリーターだwww」などと言っておどけていましたが、就職出来るかどうか、先の見えない戦いは非常に不安で最初のうちは不安に打ちひしがれていました。
【就活失敗への軌跡エピローグ】その後「私達」はどうなったのか
ここからは私、そしてこの話に登場した人物たちのその後を少しお話していきます。
ブラック企業の元同期達は入社一週間にして既に土日を返上して徹夜での作業に明け暮れていたようでした、
やがりあの会社に入社した辛さに比べれば私の既卒就活なんて大したことではなかったのかもしれないですね。
今、あの会社にどのくらいの人が残っているんでしょうか・・・
シモさんはブラック企業を私が辞退してから1年以内に離職し、今はベンチャー企業への投資家に転身しています。
いくつもの企業で社外取締役として活躍しているとか。
まあ、お前も辞めたんかいって感じやけども・・・
ロン毛おっさんと大木ボンドガールの2人は結局自分たちの企画したゲームを社内で作ることが出来ず離職。
現在は、自分たちで会社を設立しほそぼそとゲームを作っているようです。
どうやら私にリーダーを押し付けた意味はなかったようですね。
そして今、私は「人事部ぐーがー」と名乗っているように某自動車関連企業で人事部の一員として働いています。
幸い第二新卒の就活で非常に良い企業と巡り合うことが出来、現在は
- 年間休日約125日
- 平均残業時間15時間(私は毎月8時間位)
の会社で働けることが出来ています。
私がどのように就活をしたか、また別の機会にお話をすることにしましょう。
私はこの経験を通して「相談することの大切さ、そして辞めることへの勇気」を学びました。
確かに辞めたからと言ってその先に光があるとは限らない。
でも、辞めなければ一生光が見えないかもしれない。
今、私以上に辛い思いをしている人もたくさんいるはず。
1人で抱え込まずに私にでも良い、是非打ち明けてみてほしい。
色々な意見を聞いて気付かされることもあるから。
そして「辞める」という決断は非常にメンタルの伴うことだが、自分の人生を一度きり、時には大きな決断をすることも必要。
「私が死んでも変わりはいるもの」、もっと軽く構えて考えてみませんか。
また、今回の出来事は今この記事を見ているあなたにも起こるかもしれないということは忘れないでほしいです。
私も「自分はブラック企業なんかに入る訳がない」と思っていたですがこの有様です。
就職浪人だってめぞん一刻の五代くんぐらいだろうと思っていたのになっていましたからね。
世の中甘くないことも多いです。
就活は本当に大事なイベントだと思うので企業分析や自己分析をしっかりした上で活動すべきだと思います。
これにて「私の就活失敗談」は一応完結しますが、まだまだ外伝は書くと思いますし、私のその後の日常もどんどんお伝えしていくつもりです。
私の体験が誰かの役に立ってくれれば嬉しいと思っています。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
ぐーがーの次回作にご期待下さい!
おしまい