(2018年1月15日追記)
どーも。最近ブログへのモチベが急増しているぐーがー(@googer_blog)です。
みなさんは無駄についてどのように考えていますか。
無駄を削減する=コストを削減すると考える方も多いかと思いますが、私は違います。
寧ろ、無駄を削減するには時としてコストをかける必要があると思うのです。
何故、無駄削減=コスト削減ではないと私が考えているのか、理由をご説明していきたいと思います。
コストの削減が無駄の削減ではなく心の負担に繋がることがある
例えば掃除。
現在、掃除機を使って掃除をしている方が一般的だとは思いますが掃除機(コスト)を削減して箒などを使って手掃除をすることも出来ます。
確かに掃除機を買うというコストを減らすことが出来ましたが、もとより掃除をすることが嫌いな方にとっては「掃除の負担が増加し、かえって心のストレスが溜まる」結果となってしまいます。
私個人で言うと掃除は大嫌いです。
なので、もし掃除機を買わずに手掃除を行うことにしたとすると、毎日の掃除にストレスが溜まりますし、掃除をしなくなってしまうこともあるかと思います。
また、コスト削減を意識して、なんでもかんでも「安物」を購入することも心の負担に繋がることがあります。
日本には「安物買いの銭失い」という言葉があります。
これは「安いものを買った結果、かえって損をした」という意味です。
全てがそうとは言えませんが、みなさんにも「安いものを買った結果、かえって損をしてしまった」ということはあるのではないでしょうか。
なんでもかんでも削減すればいいという訳では無いと思います。
コストを削減したことで返って心のストレス(無駄)が増加してしまうこともあるのです。
コストの増加が心の負担の軽減に繋がることがある
では逆の例も見ていきましょう。
私の場合、掃除が大嫌いなので掃除機での掃除すらストレスを感じてしまいます。
そこで、少しコストはかかりますがルンバ等の全自動掃除機を購入したとしましょう。
すると、確かにコストはかさみましたが、それにより嫌な掃除をすることが無くなり心のストレスの軽減に繋がっていくと思います。
「安物買いの銭失い」についても同じことが言えると思います。
例えば、100均で買った包丁とそれなりの包丁を使えばその差は一目瞭然。
それなりの包丁は切れ味が良いですし、長持ちします。
一方、100均包丁は切れ味も悪ければ、すぐに使えなくなり、ストレスが溜まるばかりです。
「無駄を削減するために安物を買った」にも関わらず100均包丁の方が使い勝手も包丁の持ちも悪く、結果的に損をする形になってしまいました。
タイトルにもある通り、無駄を無くすというのは心のストレスを無くしていくことだと思います。
コストを削減できたとしても、ストレスを溜めてしまうのであればそれはただの「我慢」なのではないでしょうか。
コストと心のストレス、その妥協点を探って無駄を無くしていくべき
今まで散々無駄=コストではないと語ってきましたがそうは言ってもコスト的な観念が必要ないという訳ではありません。
心のストレスを無くすために自分の許容以上のコストを費やすことになっては意味がないですから。
コストと心のストレスの妥協点を探ること、それは無駄を無くしていく際に必要な行為だと思います。
例えば先程の私の掃除の例を挙げると、ルンバ(約5万円)の購入を諦め、機能を制限した他社の2万円程度の機種に抑えるとか、そもそもそこまで掃除を面倒に感じていないならもう少し掃除機を使ってみるとか人それぞれ妥協点は様々にあります。
自分が何にストレスを感じていてそれをどこまで妥協(許容)することが出来るのかをしっかりと理解することは今後無駄を無くす、ひいては理想の生活を送るために必要なことだと思います。
私自身、自分の心のストレスを認識してはいますが、未だ漠然とでその詳細までを把握することは出来ていません。
私は自分の家が何よりも好きで「家で快適に暮らすこと」が「豊かな生活」に繋がります。
家の無駄(ストレスな部分)を無くすことでより良い生活が待っている、ということです。
今後、ブログの記事として「家の無駄削減」を書いていこうと思います。
家の無駄削減をしていく過程を通してみなさんに私の心のストレスを無くしていく過程をお見せできれば良いと思います。
ちょっとコストはかさむかもしれませんが、快適な住環境を目指して頑張るぞ!!
おしまい