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人の死から逃げないということ

どーも。ぐーがーです。

生きていく中で誰かとの「別れ」は避けられないものだと思います。

私は過去、人の死から少し逃げてしまったことがあります。

そして、それが今でも心の中で後悔になっていたりします。

人の死から逃げるべきではない、ということを私のエピソードを通じてお話していこうと思います。

逃げた結果、感情を思うように吐露出来なかった祖母との「別れ」

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私には「グランドマザーコンプレックス」と周りに言われても良いくらい大切にしている祖母がいました。

大学時代はずっと祖母にお世話になり、大学合格、既卒での就職内定が決まった時には泣いて喜んでくれました。

正に、私の「第2の母」と言っても過言ではありませんでした。

そんな祖母が病気にかかり、余命宣告をされた後、私は思うように祖母と接することが出来なくなってしまいました

祖母を見舞いに行き、会話をしているとき、絶対に元気になると思いながらも段々と弱っていく祖母の姿を見て涙が出そうになります。

そんな時、私は一時部屋を離れて隠れてめそめそ泣くときもありました。

祖母の前で泣いている姿を見せたくないというつまらない気持ちがありました。

いつしか私は祖母に自分の本音を伝えられなくなってしまったのです。

祖母の死後、私の後悔

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いつしか祖母は衰弱し話すこともままならなくなってしまいます。

そんな時、私は自分の愚かさに気付き、大きな後悔をしました

そしてその後悔は今でも自分の心の中に残っています。

「取り乱しながらでもいいから、あの時もっと気持ちを伝えられれば良かった。」

あの時、私は心の中にあったたくさんの本音のほとんどを伝えることが出来ませんでした。

「もっと一緒にいたい」、「社会人になった姿を見てほしい」、「数年間の生活に対する感謝の思い」、私自身からはっきりと伝えることは出来ていなかったと思います。

祖母が死んでしまうという現実が悲しくて逃げてしまっていた所がありました。

祖母はもしかしたら私の気持ちを汲み取ってくれていたかもしれません。

でも、もう今では推測でしかそれを計ることが出来ないのです。

人との「別れ」はその人と会う最後の時と考えても良いと思います。

その最後の時に私は自分の中の気持ちを全て伝えることが出来なかった。

納得は出来ないけど納得した別れ方をすることが出来なかったのです。

人の死から逃げない、人の別れと向き合う大切さ

人の死の何が悲しいかを考えた時、その人に会えなくなってしまうということが私の中に浮かびました。

その人と二度と会えなくなってしまうのでれば、出来る限り後悔の無いように接していくことが大切だと考えます。

誰にでも人との「別れ」の瞬間というのはあると思います。

悲しいですが、避けられないことです。

納得することは難しいですが、少しでも後悔しない別れをすべきだと思います。

人の死から逃げない、それは相手のためでもあり、自分のためでもあるのです。

おしまい

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